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2019/11/30

アザラシがいっぱい

前回紹介した
シェッゲツアーの帰りのこと












何やら黒い物体が
たくさんいる場所を発見










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近づいてみると










お~
アザラシ君の大群でした







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総数12頭








一度にこんなにたくさんの
アザラシを見たのは初めて












しかし…









天気が良すぎて







どいつもこいつも
寝ていて動かない










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こんな
太ったアザラシも







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爆睡中














望遠で
毛並みを拝見







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気付かれた!


















とにかく







ポカポカ陽気の中





みな
気持ちよさそうでした~















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太りすぎ!









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2019/11/29

シェッゲ

先日の日曜日






昭和基地近くの
沿岸で







ハムナ氷瀑とともに
人気の高いスポットである





シェッゲに行ってきました



















近いといっても
基地からは50㎞離れていて







スノーモービルで
片道2時間半かかります










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スノーモービルで移動








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遠くに見えるのがシェッゲ












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休憩中(オレンジ色がボク)















到着すると






こんな光景が
ドーン!








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写真では
少々伝わりにくいですが











高さ400mもある
切り立った崖は






まさに
圧巻なスケールです








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シェッゲとは
ノルウェー語で「ひげ」という意味で







よく見ると
壁の一部がひげのように見えます










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9年前に来たときは
サンシンを持ってきましたが







今回は雪上車でなかったので
断念しました












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9年前のシェッゲ
















天気も最高によくて






とっても気持ちいい





シェッゲツアーでした

















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2019/11/28

コウテイペンギンに出会った~

1週間にわたり
自分の話をしましたが







今回より
南極話に戻ります























先週
ハムナ氷瀑にて






アイスオペ(持ち帰りの氷を採取する作業)
を行ってきました










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ハムナ氷瀑













その帰り道のこと















雪上車で走っていると







遠くに
黒い2つの影が見えてきて








いつもの
アデリーペンギンだろうと


近づいてみると












なんと





コウテイペンギンでした~









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以前このブログで






51次隊の時
基地に遊びに来た





コウテイペンギン動画を
お見せしましたが












今の時期に
こんな場所で遭遇することは





滅多になくて















ボク自身も





60次隊では
遠くに1度見ただけだったので









とっても
驚きました












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みんなで写真撮影













コウテイペンギンは
体長が120㎝もあり










なかなか
堂々とした姿で




歩きます













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動画も撮影したので
どうぞ

































天気もよくて






いいオペレーションに





なりました









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2019/11/27

これからも

元々は
歯科医になるつもりが








ひょんなことから
医学部に入り













外科医になったものの












自分を見失ったのが
10年目のとき

















そして
葛藤ののち












本が決めてとなり
西表島の診療所へ赴任










島には
患者中心の医療があり







ボクを
医者らしい姿に変えてくれた














ようやく







自分がやりたい医療
と出会ったのだ


















ここまでたどり着くのに
10年以上かかったけど









決して
回り道ではなく







全て必要な経験だったはず






























西表島で過ごした
7年間が








今のボクを
作ってくれた












西表島を離れた
これからも







医療に対する姿勢は
決して変わることはないだろう
























サンシンを片手に…







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2019/11/26

自分がやりたい医療

島の診療所で
求められる医療










それは






様々な疾病に対応できる
だけでなく










ともに島で暮らしながら
島の生活習慣や文化を理解し









その地域にあった診療を
行うこと
















病気を治すだけでなく



人間全体を診る
さらには家族や地域を診ること























そして





島民は医者を
選ぶことができない分








医者自身が
島民やその地域のニーズに合わせていくことが






大事となってくる












つまり






自分を常に
変えていくことが必要なのだ














島の医療を
経験していくにつれ








今まで


自分のことばかり
考えて仕事をしてきたボクは











少しずつ


患者さん(島民)を中心に考え
医療を実践するようになっていた

















そんな
ある日のこと












診察を終えた
おばあが帰り際に





ボクに一言






「先生、ずっと島にいてほしいさあ~」










「どうして?」と尋ねると













「だって、もう島の人だからよ」














ボクにとって
何よりうれしい言葉だった









そして




「自分がやりたい医療がここにある」








そう実感した
瞬間だった














2019/11/25

西表島へ

「沖縄の離島に行きたい」






そう宣言したボクは
家族を説得し







自ら沖縄県へ
離島診療所勤務の希望を伝えた










するとすぐに沖縄県から
次年度勤務可能な離島の名前を告げられた








行ったことのない
島ばかりであったが








その中から



沖縄の中でも
一番遠いという理由だけで




八重山諸島にある
「西表島」を選んだ












そして
勤務していた病院を退職












2002年4月
家族とともに西表島へ渡った











勤務先は
西表西部診療所





入院設備のない
無床の診療所で





スタッフは
医師、看護師、事務員1人ずつの体制













ボクは
約1500人の島民を
受け待つことになった










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診療所のスタッフと











離島の診療所では





内科や外科だけではなく
小児科や産婦人科、その他マイナーな科を含め
全ての疾患に対応しなくてはならない



しかも
24時間体制










外科以外の経験に
乏しかったボクは





総合医としての実力のなさ
1人しかいないプレッシャー



それに加え




文化や習慣の違いなど









現実は厳しく
当初はかなり苦戦した

















しかし









離島(へき地)では

医者のレベルが
その地域の医療レベルに直結する










ボクは





島の人たちに迷惑をかけたくない
安心して島で生活してもらいたい







その一心で
がむしゃらに働いた











元々興味があった
沖縄三線も始めた





















自分の中で




何かが
変わり始めていた








(もう少し続く…)










2019/11/24

運命を決めた本

自分を変えることができる医療とは何か
本当に自分がやりたい医療とは何か









もしかしたら







以前経験した

島の診療所での医療(へき地医療)
にあるのではないか











そう
思い始めていた最中








ボクは


2001年秋
秋田で開催された学会に参加した











その帰りのこと







駅でふと立ち寄った本屋さんで
平積みされていた一冊の文庫本に


目が留まった
















それは







コバルトブルーの海の中に
小さな島がポツンと浮かんだ表紙







「何もなくて小さな島」
というタイトルの本だった











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引き寄せられるまま
購入し










帰りの車中で
読み始めた














フィリピンセブ島の沖合にある
小さなサンゴ礁の島「カオハガン島」と

運命的に出会った著者が




島に移住し
350人の島民と共に暮らす生活を描いた話












ボクは
自分に重ねながら読んだ











便利なものは何一つないが


美しい自然の中で
ゆったりと人生を送る人々




人間の幸福や豊かさとは何か
を問いかける























「南の島…か」













全てを
読み終えた時
















それまで
おぼろげであった


自分の目指す場所が








見えてきた気がした











そして






家に到着するなり







妻に向かって
こう言った












「沖縄に行きたい」



「離島の診療所で働きたい」







(もう少し続く…)





2019/11/23

葛藤

外科医になって
10年目のころのボクは










「手術が上手くなりたい」





そのことばかり
考えていた







そう思うのは
外科医として悪くはないのだが









それだけでなく



自分がやりたいことは率先してやるが
自分がやりたくないことは嫌な顔をするようになり












やがて
自分の思うようにならなければ









患者さんに対して
偉そうな態度をとったり




職場のスタッフに
すぐに怒ったりするようになった













ある時外来で
診察をしていると





「先生の顔は怖い」と
言われたこともあった












ボクは
知らず知らずのうちに






自分のことしか
考えない






とっても嫌な医者
になっていたのだ



















そのことに
気が付いたボクは






このままではいけない
何か変えなくては






と考えても



どうすれば変えられるのか
自分がやりたい医療は何なのか




がわからなかった













そんな中







ボクは
医者になって4年目のころ



月に1度
瀬戸内海の小さな島の診療所に
巡回診療に行ってた時のことを





思い出した












診療所に訪れる
島の人たちは






医者として
未熟なボクに対して







「よう来てくれた」
「ありがとう」





と言ってくれた











ボクはその言葉が



嬉しくて
心地よくて











その言葉にこたえようと





未熟なりに
一生懸命頑張った















その時の
自分の姿や気持ちを
思い出した時










自分を変えられる医療
自分がやりたい医療



のヒントが
あるかもしれないと








思い始めた








(まだ続く…)



















2019/11/21

外科医になり…

医学部に進んだ
ボクは



ラグビー部に入り











部活一色の
6年間を過ごした










医者になることより
ラグビーのことばかり考える毎日で









とにかく
がむしゃらに体を動かし




汗をかいた













そして
6年生となり




進路を決める時期
がやってきた












当時は





2年間のスーパーローテート研修(すべて科を回る研修制度)義務
がなかった時代










大学を卒業するまでに
何科に進むか決める必要があった















ボクは
外科を選んだ






理由は
これまた単純で








ラグビー部の先輩のほとんどが
外科に進んでいたこと




常々「おまえは体力勝負の外科が向いている」
と先輩から言われていたこと






迷わず
外科を選択した









大学を卒業し
国家試験に合格












そして




実家から一番近かった
岡山大学医学部付属病院の第一外科に入局した












外科の仕事は







メチャクチャ忙しく
厳しかったけど






ただただ
「早く一人前の外科医になりたい」







それだけを目標に
頑張った













外科全般の経験を積み
博士号も取得










外科医として
10年が過ぎようとしていた頃












ボクは徐々に
悩むようになっていた














「今のままでいいのか」
「自分がやりたい医療は何なのか」







初めて
壁にぶつかった











(続く…)










2019/11/20

ボクが医者になった理由

今回より





少し自分の話を
したいと思います
















ボクの職業は
医師ですが











なぜこの道に
進むことになったのか?














「人の命を救いたい」

とか

「小さいころ自分が病気になって、お医者さんに助けてもらったから」

とか

「シュバイツアーの伝記を読んで」





などなど
かっこいい理由があればよいのですが






ボクには
全くそんなエピソードはありません























実のところ





ボクは歯科医に
なりたかったのです






歯科医であった
祖父の影響からです
















実際大学は
歯学部を受験しました














でも
そんな中




最後に1校だけ
医学部を受験していました


















なぜその時
医学部を受験したのか




当時の記憶が
あまりなくて





今となっては
よくわかりません










覚えているのは




歯学部に合格して
高校の卒業式も終わり






進路は全て決まったと
思っていた時






医学部の一次試験合格の通知が
届いたことです












「いまさら医学部なんて」
と思いましたが







結局…











家族、親戚、そのほか
「どうせなら医学の道に進んだ方がいい」
という大多数の意見によって







あっさりと
ボクもその気になり






医学部に
進みました























というわけで




ボクには
これといった理由がなく






医者になった次第であります




















こんなボクが





どうして
外科医から沖縄の島医者になったのか














次回





お話したいと思います